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若さしか取り柄がない!

若さしか取り柄がない女子大生が、語ったりスベったりするブログ

私の朝活

ラジオが好きだ。大学受験生のころから時々聴くようになったのだが、テレビのない留学先の寮に来てからというもの、部屋にいる時間はほとんど何らかのラジオをつけっぱなしにしている。もちろん、好きな番組を聴いたりニュースを集めたり、はたまたぼっちを紛らわしたりといった目的もあるのだが、こちらに来てからは、図らずももう一つの目的が加わってしまった。

 

若さしか取り柄がない!というエントリーで、自分の短所を淡々と披露したのだが、その中で自分には遅刻癖があると書いた。私の遅刻癖には、宵っ張りの朝寝坊体質が大きく関わっている。全世界人口の上位3%には入りそうなエクストリーム夜型で、深夜はそれはもうコウモリが憑依したかのような活動ぶりである。たぶん前世はコウモリの首長として、民家の軒先で我が物顔でフンを撒き散らしていたに違いない。

 

さて、夜型の生活を続けていると、どうしても日を浴びる時間が短くなる。肌は青白く、目は充血し、歯や髪は抜け去り、やがて骨と皮だけになるなどという悲劇は今のところ起きていないが、それでも日光や朝の空気はどこか恋しい。ただでさえ陰鬱なヨーロッパの冬なのに、インドア派で超夜型という条件が整えば、それはもはや自分の存在自体が太陽を隠しているみたいなものなのだ。もうセルフ雨雲だ。

 

そんな冬を過ごしつつ、いつものように夜にラジオを聴いていた折のことである。

 

時代は便利になったもので、PCがあれば海外にいながら日本のラジオを聴くことができる。私のいる場所と日本は9時間の時差があり、つまり日本のラジオを深夜に聴くと、朝の番組を放送していることになる。それまでは朝番組は流し聞きしているだけだったのだが、その時ふと耳に残る情報があった。鉄道や道路の交通情報である。

 

考えてみれば、交通情報というのは朝の番組以外で聞いた覚えがあまりない。恐らく通勤通学の時間に合わせているのだろう。そう考えてみると、交通情報が間に入る朝のラジオというのは、なんと朝らしさにあふれていることか。それに気が付いたとたん、この時間のラジオ番組というのが、明るい朝の光に包まれた、爽やかな音声に感じられてきたのである。というかその時の私は、もはや光のみならず、冬晴れの日の午前の空気、目覚めたての自然の呼吸、道を漂う焼き立てのパンの香りまで鮮明に感じていた。

 

私は気が付いてしまった。日本の朝のラジオを聞いていれば、夜型でも朝の気分を味わえてしまうことに。ルームメイトが友達を連れ込んで、リビングで夜1時まで大騒ぎしても気にならない。なぜなら私の部屋だけは、朝の光が満ち溢れているからだ。ルームメイトたちがその後一切皿を片づけなくてもなんのその。私は朝の青空に洗われた空気の中で、華麗に洗い物をするだけだ。こうして存分に朝の気分を味わった後、午前4時ごろにようやく、長い眠りに落ちてゆく。そこから12時過ぎまで、目が覚めることはない。

 

最近の自分の一日は、もっぱら「朝活」によって締めくくられるようになっている。