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若さしか取り柄がない!

若さしか取り柄がない女子大生が、語ったりスベったりするブログ

40年戦争 序章

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小学校から続く長い学生時代も、終盤に差し掛かっている。私という粗大ゴミが社会に排出されてしまうまで、理論上はあと2年を切った。なんとかどこかの会社に拾ってもらえるのか、晴れてプロニートとしてのデビューを飾るのか、はたまた留年か、それは誰にもわからない。しかし確実に大きくなっているのが、就職の足音である。

 

就職に関して一番怖いのが、上司との関係である。というのも、私は小学生のころから先輩と折り合いが悪い、筋金入りのクズ後輩なのだ。

 

最初にそれを自覚したのは、小学校の時に所属していた吹奏楽部で、先輩からいわゆる「お土産外し」をされたときである。修学旅行のお土産を、2年連続で外してきた先輩の顔は忘れもしない。今でこそその年でお局かよと思えるが、当時10歳前後の自分には、その事実は強烈な体験として刻まれたのだった。

 

時は経って中学入学。私は音楽を続けるつもりだったので、迷うことなく吹奏楽部に入部した。

 

しかし、部活に入ってほんの数日後のこと。私は「下ネタを大声で話していた」という罪状により、友達とともに先輩に目をつけられてしまったのである。下ネタといってもウンコとかの系統だったし、話してはいけない時でもなかったはずなのに、なぜそんなに目くじらを立てられたのか、いまだに理解しかねている。

 

いきなりの出来事に驚いたものの、それ以降しばらくは、平和な日々が続くように見えた。たまに「だるそう」という理由で先輩に呼び出されたりはしたが。

 

しかし高校生になり、再び私は衝撃的な出来事に遭遇する。私は相変わらず吹奏楽部に所属していたのだが、同じパートに同級生があと2人いた。その2人が、なんと先輩とそれぞれサシで食事に行ったというのだ。

 

私、誘われてねーぞ!!!

食事のシの字も聞いてねーぞ!!!!

 

私は膝から崩れ落ちた。曲がりなりにも、パートの中でおちゃらけ担当の地位を確立し、体を張って頑張ってきた自負が私にはあったのだ。

先輩がふざけて買ってきた、ゴムの味のするグミを食べる役回りもやったし、王様ゲームの罰ゲームも全力でやってきた。中学入学当時の可憐さはどこへやら、私は吹奏楽部で時を過ごす中で、変顔もスベりも厭わない人間に変貌していたのである。しかし、それは間違っていたというのか…?

そんな思いに駆られるも虚しく、私には芸人体質だけが残ることとなった。

 

晴れて大学に入学したのは2015年のことである。このころには組織でやっていくことをほとんど諦めたのと、入会金を払うのが面倒だったのとで、サークルにも入らずプラプラと過ごしていた。しかし、問題はお金である。大学生ともなれば、プー太郎暮らしでもそれなりにお金ががかるというものだ。

そして、今でこそクラウドソーシングでお小遣い稼ぎをしているが、当時の私が知っていたお金を得る術といえば、バイトだけであった。

 

バイトするしかないな。

 

魔王の城に向かう勇者のごとく、最後の士気を振り絞って私が働き始めた場所は、とあるパン屋であった。私のほかにもたくさん学生が働いていたので、なるべく目立たぬようドライな付き合いを心掛けた。間違ってもウンコなどと言わないように、細心の注意も払った。しかし、思わぬ魔の手が勇者を襲うこととなる。

 

社員である。

 

魔王(推定30代男性)が繰り出してきたのは、挨拶シカトやあからさまな差別などの精神攻撃であった。バイト仲間を警戒しすぎて社員への対策が手薄になっていた勇者のHPは、呆気なく0である。同期との付き合いが薄かったのも災いし、留学を機に、勇者は逃げるように城をあとにしたのであった。

 

それにしても、私の人間性を差し置いても、行く先々で先輩に好かれないとは我ながらすごい才能である。就職したら、約40年もの上司付き合いが待っているだろう。今までの確率からして、就職先の先輩に嫌われなかったら奇跡である。奇跡すぎて紅海くらいは軽く割れる。

 

時は静かに、しかし確実に迫っている。40年戦争の火蓋が切られるまで、残り2年である。

 

 

序章 完

トイレットペーパーの生き様に思う

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さっきトイレに行った。用を足し終え、トイレットペーパーを手にしたとき、一つの考えがふと頭をよぎった。

 

 

来世があるなら、トイレットペーパーにだけはなりたくない。

 

 

バカバカしい話だと思うかもしれないが、胸に手を当てて真剣に考えてみてほしい。トイレットペーパーの生涯の、その哀しみを。

 

トイレットペーパーの命は儚い。その製造にかかる時間に比べ、人の目に触れ、使用され、感謝される時間はあまりに少ない。そして、一度トイレに流されてしまったら、その存在を思い起こす人など無に等しい。その様子はさながら、夏の蝉のようではないだろうか?蝉たちは何年と土の中で過ごし、満を持して地上に出ても、わずか7日でその命を散らす。蝉の声を慈しむ日本人は多くいるが、そのうち何人が、土に還っていった去年の蝉に思いを馳せるだろうか?トイレットペーパーの刹那的な姿は、そんな蝉の命の営みと重なるようにも思えるのである。

 

同じ紙類の中でも、トイレットペーパーはダントツに物悲しさを漂わせている。

 

たとえば、普通のコピー用紙。彼らは紙界のエリートである。子供の落書きから重要文書まで、その万能さで右に出る者はいない。保管されるような文書であれば何年も命を長らえるだろうし、子供の落書きに使われたとしても、その子の芸術的情操の向上に一役買っていることは間違いないだろう。コピー用紙はいわば、「やりがいのある職業」みたいなものだ。

 

もっと上流階級なのは、ルーズリーフやノートだ。すぐに捨てられる可能性がかなり低いし、何より勉学に使われる道具だから大切にされる。受験生のノートなんて、きっと何度も読み返されるに違いない(中学時代、ノートで鼻をかんだ猛者がクラスにいたが、あれは例外中の例外だろう)。

 

キッチンペーパーも、トイレットペーパーよりはいい。刹那的であるという面ではトイレットペーパーと近いが、それでもウンコを拭く役よりは、魚の水分を除く役のほうがましに決まっている。

 

トイレットペーパーと唯一タイマンを張れそうなのは、ティッシュペーパーかもしれない。ウンコと鼻水どちらがましかと言われると、多くの人は即断できないのではないだろうか?それでも私は、やはり切なさにおいてトイレットペーパーに軍配を上げたい。というのは、トイレットペーパーは「水に溶けて流される」のがミソだと思うからだ。

 

ティッシュは捨てられた後もしばらく、ごみ箱で余生を過ごす。花粉症の時期なんか、ごみ箱の中には多くの使用済みティッシュたちがひしめくことになるだろう。「いや~、鼻をかまれてゴミ箱にポイなんて、俺たちの人生呆気ないよな」―ゴミ箱の中では、こんな会話が交わされているに違いない。

 

一方、トイレットペーパーはどうだろうか。水溶性という特質をもつ彼らは、余生を他のトイレットペーパーと語らうこともできず、ただ独りで消えていく。自分の人生への弁解も許されず、ただ下水の奥底へ吸い込まれていく、こんな哀しい終わりがあるだろうか?

 

そんなことを考えながら、私は洗面所で手を洗った。鏡には、くたびれたオッサンのようなスッピン顔が映っている。それをぼんやり眺めているうちに、またも考えが浮かんできた。

 

 

人類なんて、トイレットペーパーみたいなものかもしれない。

 

 

またもバカバカしい話だと思うかもしれないが、もう一度胸に手を当てて考えてみてほしい。人類の営みの、その儚さを。

 

一説には、一生物種が生まれてから絶滅するまで、平均500万年と言われているそうだ。人類はというと、誕生してすでに700万年ほど経っているらしい。何億年と地球に生存し続けているゴキブリみたいな例もあるにはあるが、それでも人類はもうすぐ滅亡してもおかしくないのだ。そしてたとえあと300万年人類が続いたとして、そんな人類の1000万年が、宇宙140億年の歴史にとって何だというのか?

 

そう考えると、人間なんてトイレットペーパーの一繊維にすぎない、人類の歴史なんてトイレットペーパーの一ロールみたいなものだ、と思えてはこないだろうか。連綿と続いているように見えて、いつかは終わりがある。そして一度なくなってしまえば、思い出されることもないのだろう。

 

トイレットペーパーは、人類の運命の縮図なのかもしれない。そんなことを考えさせられた、トイレタイムであった。

 

 

 

メロディー良ければいい、そんなの嘘だと思いませんか?

先日ラジオを聴いていたら、大滝詠一の「君は天然色」が流れてきた。CMソングにもなっていたので聞き覚えがあったが、改めて見るとあまりに綺麗な歌詞なので驚いた。

 

君は天然色

君は天然色

  • 大滝 詠一
  • J-Pop
  • ¥250

 

思い出はモノクローム 色を点けてくれ  

 

サビの一節にこんな詞がある。聴いているだけではわからないが、「点ける」の漢字を当てているのが意味深だ。「電気を点ける」の「点ける」を使うことで、塗り絵のような色付けのイメージというより、スイッチ一つで世界がパッとカラフルになる、プロジェクションマッピングのような雰囲気を感じるのだ。そのスイッチは、やはり歌詞中に登場する「うるわしのColor Girl」、主人公の思い出の女性なのだろう。

 

もう一つ、この歌でとても好きな節がある。

 

渚を滑るディンキーで 手を振る君の小指から

流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ

 

たった2行なのに、ものすごい色彩感だ。渚や空の澄んだ水色から、ディンキー(ヨット)の白、波間の飛沫のきらめき、水面に反射する太陽光、風になびく「君」の髪。まるで映画のワンシーンのように想像できる。そして極めつけは、虹の幻だ。主人公にとって、「君」がすべての色の源であるのが感じられる。水際の「君」が手を振るだけで、新しい色が世界を満たしていくように思えたのだろうか。それにしても、一曲の中でモノクロから虹色まで、本当にカラフルである。

 

 

ところで、同じように詞に衝撃を受けた曲に、小沢健二の「夢が夢なら」がある。

 


小沢健二 - 夢が夢なら

 

「夏うた」とか「ウィンターソング」とか言われる曲は数えきれないほどあるが、この歌は1つの季節ではなく、移り変わる四季を1年分丸ごと歌っている。個人的にはそれが新鮮だったし、さらに一つ一つの表現が本当に美しい。というか、むしろ美しくない部分が一つもない。

 

四季というのは、はるか昔からいろんな人が扱ってきた、いわば日本人の美意識の根本ともいえるテーマだろう。それなのに、まだまだ新鮮な季節への視点があることを、この曲で実感させられる。「ダウンジャケット」とか「スクリーン」とか、使っている言葉は現代的だが、個人的にはこの曲は和歌や童謡の系譜に連なるのではないかとさえ思う。オザケンフィルターを通して見ると、現代日本の四季が本当に尊く感じられるのだ。

 

(ちなみに、以前この曲の弾き語りをしようとしたら、転調に次ぐ転調に非常に手こずり、光の速さで挫折した。)

 

 

こうして見ると、詞の世界はとても興味深いと感じる。もっとも、音楽ファンには「詞はなんでもいい、詞が好きなら詩集でも読んでろや」という勢力が一定数いるようだ。しかし、詞は曲との相乗効果を持つ点で、他の文学とは一線を画している。その曲にぴったりの詞(あるいは、その詞にぴったりの曲)がつくことで、文字だけ・曲だけでは表せない深みが生まれるはずだ。インスト音楽が受け入れられている中であえて歌を入れる意味というのは、そういうところにあるのではないかと思う。

 

ジョブズが憑いたと思ったら

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時として、バカバカしいアイデア進駐軍のごとく脳内を占領する。考えているときはこれ以上ない名案だと思うのだが、たいていは2~3日で頭から消えてしまうものだ。そんな私のアホアイデアの中でも、ひときわ思い出深いのが「小学生ごっこ」だ。

 

事の発端は、「団地ともお」という作品だ。男子小学生の日常を描いた漫画で、数年前にアニメになったのだが、これが我が家で大流行したことがある。たまの一家が揃う夕食では、これをみんなで見るのが習慣になっていたほどだった。中年夫婦と娘2人が、揃いも揃って食い入るようにアニメに見入り、恥じらいもなく爆笑する。とても他人の目にさらせない姿だが、それほどに「団地ともお」は我が家の生活の一部となっていたのだ。言うなれば、「ともおセンセーション」が我が家を席巻していたのである。

 

しかしそんな旋風も、アニメの放送終了に伴っていつしか去ってしまった。漫画のほうは時折読んでいたが、留学先に来てからは、この作品のことはすっかり忘れていた。

 

事態が変わったのは冬休みである。旅行三昧の周りの留学生をしり目に、ビザが取れていなかった私はレム睡眠とノンレム睡眠をいそいそと往復していた。睡眠の合間には、笑いたくて漫才やらコントやらを見る毎日。引き笑いで転げまわっているうちに、ふと頭に浮かんだのが「団地ともお」のことだった。そういえば、あれもかなり笑えたではないか。

 

それからの私は、団地ともおに命を燃やした。全部で20巻以上ある単行本の、すべての巻頭1話をくまなく無料試し読みしたのだ。あらゆる巻頭1話を、それはもうほじくるほど読んだ。貧乏学生なりの、団地ともおへのアプローチである。

 

内臓が引きちぎれるほど笑った。しかし私は、自分の中に芽生えた新たな感情を知ることになる。

 

 

小学生に戻りたい。本気で。

 

 

以前我が家でともおセンセーションが起きていた時代には、こんな感情は抱かなかった。20歳にして知る郷愁。これだけなら、「いやぁ、私も大人になったなあ」なんて、ワインでも飲みつつ悦に入れるのだが、思いのほか自分の郷愁は重傷だったようである。戻りたいという願望は、いつしかこんな執念に変わっていた。

 

 

何としてでも、小学生に戻ってやる。

 

 

最初にしたのはもちろんグーグル検索である。「一日小学生体験」のようなサービスがないかと考えたのだ。8千円までなら出すぜ!と期待を込めつつ、エンターキーを叩く。しかし、グーグル先生の返答はNOであった。そんなサービスを提供している会社は一つもなかったのだ。

 

一瞬落ち込みこそしたが、そんなことでくじけるほどヤワな願望ではない。団地ともおに裏打ちされた確かな執念は、新たな選択肢を私に与えることになる。

 

 

ないなら、自分で作ればいい。

 

 

簡単なことだ。ないなら作ってしまえばいい。そこからの私は、敏腕起業家さながらであった。詳細な「大学生のための小学生体験」の計画を、紙面に繰り出し始めたのである。一日のスケジュールに始まり、スタッフ、給食まで。我ながら、スティーブジョブズでも憑いてるんじゃないかと錯覚しそうな勢いであった。その詳細は以下である。

 

まず、当然だがランドセルを背負って登校する。ランドセルを捨ててしまったという参加者のためには、ボランティアで寄付してもらったランドセルを貸し出す。むさくるしい大学生集団が揃ってランドセルを背負う姿はさぞかしオカルトチックだろうが、そんなことを気には留めない。心は小学生なのだから、ランドセルを背負うのは至極当然である。

 

会場は、廃校になっている小学校を利用する。朝8時半集合で、もちろん1日のスタートは朝礼である。スタッフにはリタイアした元教師に参加してもらい、本物の小学生さながらの授業を受けられる。かつての教科書の登場人物との再会に、むせび泣く人続出の予定。

 

重要なのは給食である。小学生にとって、その日の給食というのは1日のウェイトの120%くらいを占めている。そこで、給食メニューを提供している飲食店と提携することで、懐かしいあの味を本格的に楽しめる仕組みを完成。さらに、「お昼の放送」も外せない。今の大学生が小学生の頃のヒット曲を流せば、盛り上がること請け合いだ。

 

小ネタで、公式サイトの名称はもちろん「学級だより」である。

 

 

ここまで書き上げるのに、10分もかからなかったと思う。我ながら、世紀の名案の誕生であると思った。誰かに言わずにはいられなくなり、長年の親友であるMに電話。

 

「あのさ、すごくくだらない話なんだけど、こんなことを思いついてさ…」

 

いいや、本当はくだらないとは思っていない。なにせMacintoshに並ぶ大発明だ。ジョブズが降りてるのだ。しかし何事も、謙虚が肝心。

 

「…で、小学生の1日を追体験できるサービスを作ろうと思って。計画はこんな感じでね、…」

 

「…でね、お昼の放送では『青春アミーゴ』とか、嵐の『Hapiness』とか流したら絶対盛り上がると思うんだよね。それで…」

 

あれ、おかしい。Mの声、これはもしや呆れ調子ではなかろうか?

 

「…で、公式サイトは『学級だより』って名前にするの。どう、いいと思わない!?」

 

だめだ。完全に笑われている。こいつ、笑ってやがる…!!まさかこの計画、すごくバカバカしいんだろうか…??

 

ついに通話は終わった。悶々を抱えた私だったが、なんと通話後、とどめの一打が突き刺さることとなる。

 

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目が覚めるのに時間はかからなかった。

 

こうしてジョブズの幻は、露と消えたのである。

春にまつわるエトセトラ

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春はあけぼの、春眠暁を覚えず。4月も中旬に差し掛かり、こんな言葉も似合う季節になってきた。うちの大学のキャンパスにも、きっとキラキラの新入生が溢れていることだろう。留年のイエローカードが1.7枚くらい出ている私からすれば、彼らの輝きを目の当たりにするのはなかなか心をえぐられる。留学で新入生が視界に入らないのは、至極ラッキーである。

 

ところで、「春」という字が季節以外の意味を持つことはご存知だろう。そういった意味で、私の住む寮の部屋は、今年初頭から春爛漫である。3か月以上ほぼ毎日、夜11時くらいになると喘ぎ声が聞こえるという事態が続いているのだ。

 

私の住む寮には、一つの共用リビングと、5人のルームメートそれぞれの寝室の計6つのスペースがある。廊下に沿って3つずつ、向かい合わせに部屋が配置されている形だ。最初に事を始めたのは、私の隣の部屋に住む女の子である。それは1月初旬の夜だった。やけに規則正しい振動音がするなと思ったら、追ってエロティックなスイートボイスが聞こえてきたので、瞬時に事態を理解したという運びだ(それ以降今日まで、隣人は2日に1回くらいの割合で儀式を執り行っている)。

最初は部屋の位置と私のスルースキルの欠如のせいもあって、特にベッドの軋む音が煩わしく、悩まされたものだ。聞こえている旨を伝えるべく、振動音のリズムに合わせてギターを鳴らしてみたことも数度ある。しかし効果は現れず、結局私のコードチェンジがスムーズになっただけであった。

 

こういう空気は伝染するのだろうか。3月ごろになると、なんとはす向かいの部屋のルームメートまで頻繁に事を行うようになった。しかし、このころになると私も慣れたものである。むしろ部屋が隣接していない分、振動音の音量が段違いだ。事の始まりに応じてラジオのボリュームを上げる私の顔には、余裕の表情さえ満ちるようになった。

 

そうこうしているうちに、4月も半ばである。我が寮の春めきに、ダブリンの空気もようやく追いついてきたようだ。最初の夜から3か月以上の時を経て、今や私のスルースキルも輝かしいものになっている。事後、帰り際の男と鉢合わせしても華麗に笑顔を向け、たまの音がしない日にはカップルたちの仲を案じて少し心を曇らせる、そんな境地に達することができた。人間鍛錬を重ねれば、多少のことには乱されない心を持つことができる。実はこの気づきこそ、私が留学で得た一番の成果なのかもしれない。

CD派のボヤキ

音楽を買うなら、断然CD派だ。ジャケットや歌詞カードなんかも、作品の一部ではないだろうか?スピッツの「フェイクファー」なんて、あの乳白色のケースが雰囲気を出すのに一役も二役も買っていると思う。そんなわけで、音源だけのダウンロードはどこか味気なく感じてしまう自分がいる。CDを買ってきて、ワクワクしながら慎重にビニールを開け、ステレオの前で歌詞カードを矯めつ眇めつ初聴する高揚感は、やっぱりCDならではだ。

 

私は、CDバブル真っ只中の96年生まれだ。ちなみに96年のシングル売り上げ1位はミスチル名もなき詩」で、230万枚売れたんだとか。アルバム1位はglobeで、こちらはなんと376万枚以上。数字を見ると、つくづくスゴイ時代だ。

 

とはいえ自分が小さい頃は、まだ多少カセットが幅を利かせていた気もする。昔うちにあった車のカーステではカセットが聞けた記憶があるし、実家の押入れを少し探れば、聞き覚えのある曲がテープに録られてたくさん眠っている(昔の曲を簡単に聴ける時代になっても、親があの大量のカセットを処分しないのは、やはり思い出によるのだろうかと思っている)。

 

話は戻るが、そんなCD時代生まれのせいもあるのかないのか、とにかく音楽はCDで買いたいと思う。ジャケットにはアーティストの個性が出ていて、見ていて楽しい。歌詞カードを隅々まで眺めるのもいい。結局スマホで聴くことが多くても、気に入った作品を手に取れる、部屋に並べておける、人に貸せるというのはやっぱりいい。特に人に簡単に貸せるというのは、軽いように見えて結構大きなメリットじゃないだろうか。90年代の音楽シーンが盛り上がっていたのは、CDが貸し借りできることで、共通の話題に上がったり人気が広がったりしたのが理由の一つではないかとひそかに思っている。

 

そうはいっても、最近の時代の趨勢は、CD派にちょっと冷たい。アルバムはともかく、シングルが配信のみになることは結構多い。スピッツ雪風がそうだったし、調べてみるとLUNA SEAミスチルB’zでもあるようだ。かなり最近のところでは、GLAYの今年のシングル「XYZ」もそう。この曲すごく聴きたいのに、今のところCDが出ていない。DLすればいいじゃん、と言われそうなものだが、やっぱり好きなアーティストの曲は実際に手に取りたいのだ。それに、個人的にその場で代金を支払えないのもイヤである。私のようなだらしない人間には、カード払いは不向きなのだ。

 

もちろん、事情は理解しているつもりだ。配信のほうが低コストだし、スマホ全盛の今は、デバイス一つで完結する方がはかどるのだろう。技術が進歩する以上、淘汰されるものが出てくるのは致し方ない。

 

そんな淘汰される側かもしれない人間として、少し考えてみたことがある。CDを売らないのなら、代わりにアプリを販売したらどうだろうか?音源に加えて歌詞やクレジットが見られ、デザインなど含めて、そのアプリ一つで作品の世界観になっているようなイメージだ。これなら、実際のCDを売るより安そうだし、何よりCDのデザイン性がいくらか残せる。むしろ、紙のデザインとはまた違った楽しみ方もできるかもしれない。音源は、itunesなりLINE MUSICなりで聴けるように連携できるとよりいい。ITには全く明るくないので、こういうことが難しいのかもよくわからないが、個人的にはただの音源よりは、多少割高でもこちらを買いたいと思う。それでも、本当はCDで出してほしいと言いたいけれど…。

 

 

不器用思い出紀行

勉強が苦手、運動神経が悪い、引っ込み思案。学生生活で不利になる個人の特徴というのはいろいろあるが、私の場合最も深刻だったのは「不器用」というものであった。

 

中学時代の家庭科の授業で、パジャマを作ったことがある。私の中学では、3年次に海外へのホームステイつき修学旅行があった。それに持っていくためという名目だった気がするのだが、私はその類稀なる才能で、手の内からモダンアートを生成してしまったのである。足が出る部分は閉じており、ゴムを通すはずの部分はまるでメビウスの環、ボタンの部分はなぜかペラペラ。「実用からの幽体離脱」とでもタイトルをつけておけば、ダリの作品の隣に並べても見劣りしなかっただろう。もしホームステイ先でこれを着ていたならば、ホストファミリーは日本人のアートリテラシーの高さに舌を巻いたに違いない。惜しいことをしたものだ。

 

残念なことに、当時の家庭科の先生が私の作品を評価してくれることはなかった。これは仕方がない、時代の先端を行く者は理解されないのが常である。成績で3がついたのは、ほぼ奇跡であった。

 

理科の授業でも、自分の不器用にひどく辟易した。夏休みの宿題で、何かの結晶を作るというのが出た年があった(確か、ミョウバンとかそんなものだったように思う)。まずもとになる小さな結晶を作った後、容器の上に置いた割り箸からひもを下げて、そこにその結晶をくくりつけてさらに大きくする、というようなものだった記憶がある。説明によれば、それでキレイな形の大きな結晶が得られるとのことらしかった。

 

浮足立つ雰囲気の夏休み明け。教室に現れた私が持参したのは、ザラメであった。いや、正確に言えば、ザラメほどの大きさしかない、不格好な結晶だったのである。ただでさえ器用な子の多い女子校で、数センチはありそうな美しい結晶が次々と提出される中、我が作品がクラス中の温かい失笑を集めたことは言うまでもない。

 

不器用にまつわる思い出はまだまだある。自分だけ朝顔の芽が出ない、育てたイモが自分だけハーフサイズ、リコーダーで追々試(その後サックスを始めたときは、穴が閉じているか気にしなくてもいいことに非常に感動を覚えた)などなど。現在進行形で困っているのは、料理だ。味は普通の範疇なのだが、どうしても可憐な女子大生が作ったとは思えない、いかついビジュアルになってしまうのだ。インスタグラムに #男の料理 とか #小学生男子の料理 とか書いて投稿しても、疑う人は一人もいないだろう。

 

ちなみに、私の父方の家は工務店、母方は元洋裁店である。継がなくてよい立場に生まれたことに、心の底から感謝したい。