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若さしか取り柄がない!

若さしか取り柄がない女子大生による独演会場。

メロディー良ければいい、そんなの嘘だと思いませんか?

先日ラジオを聴いていたら、大滝詠一の「君は天然色」が流れてきた。CMソングにもなっていたので聞き覚えがあったが、改めて見るとあまりに綺麗な歌詞なので驚いた。

 

君は天然色

君は天然色

  • 大滝 詠一
  • J-Pop
  • ¥250

 

思い出はモノクローム 色を点けてくれ  

 

サビの一節にこんな詞がある。聴いているだけではわからないが、「点ける」の漢字を当てているのが意味深だ。「電気を点ける」の「点ける」を使うことで、塗り絵のような色付けのイメージというより、スイッチ一つで世界がパッとカラフルになる、プロジェクションマッピングのような雰囲気を感じるのだ。そのスイッチは、やはり歌詞中に登場する「うるわしのColor Girl」、主人公の思い出の女性なのだろう。

 

もう一つ、この歌でとても好きな節がある。

 

渚を滑るディンキーで 手を振る君の小指から

流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ

 

たった2行なのに、ものすごい色彩感だ。渚や空の澄んだ水色から、ディンキー(ヨット)の白、波間の飛沫のきらめき、水面に反射する太陽光、風になびく「君」の髪。まるで映画のワンシーンのように想像できる。そして極めつけは、虹の幻だ。主人公にとって、「君」がすべての色の源であるのが感じられる。水際の「君」が手を振るだけで、新しい色が世界を満たしていくように思えたのだろうか。それにしても、一曲の中でモノクロから虹色まで、本当にカラフルである。

 

 

ところで、同じように詞に衝撃を受けた曲に、小沢健二の「夢が夢なら」がある。

 


小沢健二 - 夢が夢なら

 

「夏うた」とか「ウィンターソング」とか言われる曲は数えきれないほどあるが、この歌は1つの季節ではなく、移り変わる四季を1年分丸ごと歌っている。個人的にはそれが新鮮だったし、さらに一つ一つの表現が本当に美しい。というか、むしろ美しくない部分が一つもない。

 

四季というのは、はるか昔からいろんな人が扱ってきた、いわば日本人の美意識の根本ともいえるテーマだろう。それなのに、まだまだ新鮮な季節への視点があることを、この曲で実感させられる。「ダウンジャケット」とか「スクリーン」とか、使っている言葉は現代的だが、個人的にはこの曲は和歌や童謡の系譜に連なるのではないかとさえ思う。オザケンフィルターを通して見ると、現代日本の四季が本当に尊く感じられるのだ。

 

(ちなみに、以前この曲の弾き語りをしようとしたら、転調に次ぐ転調に非常に手こずり、光の速さで挫折した。)

 

 

こうして見ると、詞の世界はとても興味深いと感じる。もっとも、音楽ファンには「詞はなんでもいい、詞が好きなら詩集でも読んでろや」という勢力が一定数いるようだ。しかし、詞は曲との相乗効果を持つ点で、他の文学とは一線を画している。その曲にぴったりの詞(あるいは、その詞にぴったりの曲)がつくことで、文字だけ・曲だけでは表せない深みが生まれるはずだ。インスト音楽が受け入れられている中であえて歌を入れる意味というのは、そういうところにあるのではないかと思う。

 

 

 

ジョブズが憑いたと思ったら

時として、バカバカしいアイデア進駐軍のごとく脳内を占領する。考えているときはこれ以上ない名案だと思うのだが、たいていは2~3日で頭から消えてしまうものだ。そんな私のアホアイデアの中でも、ひときわ思い出深いのが「小学生ごっこ」だ。

 

事の発端は、「団地ともお」という作品だ。男子小学生の日常を描いた漫画で、数年前にアニメになったのだが、これが我が家で大流行したことがある。たまの一家が揃う夕食では、これをみんなで見るのが習慣になっていたほどだった。中年夫婦と娘2人が、揃いも揃って食い入るようにアニメに見入り、恥じらいもなく爆笑する。とても他人の目にさらせない姿だが、それほどに「団地ともお」は我が家の生活の一部となっていたのだ。言うなれば、「ともおセンセーション」が我が家を席巻していたのである。

 

しかしそんな旋風も、アニメの放送終了に伴っていつしか去ってしまった。漫画のほうは時折読んでいたが、留学先に来てからは、この作品のことはすっかり忘れていた。

 

事態が変わったのは冬休みである。旅行三昧の周りの留学生をしり目に、ビザが取れていなかった私はレム睡眠とノンレム睡眠をいそいそと往復していた。睡眠の合間には、笑いたくて漫才やらコントやらを見る毎日。引き笑いで転げまわっているうちに、ふと頭に浮かんだのが「団地ともお」のことだった。そういえば、あれもかなり笑えたではないか。

 

それからの私は、団地ともおに命を燃やした。全部で20巻以上ある単行本の、すべての巻頭1話をくまなく無料試し読みしたのだ。あらゆる巻頭1話を、それはもうほじくるほど読んだ。貧乏学生なりの、団地ともおへのアプローチである。

 

内臓が引きちぎれるほど笑った。しかし私は、自分の中に芽生えた新たな感情を知ることになる。

 

 

小学生に戻りたい。本気で。

 

 

以前我が家でともおセンセーションが起きていた時代には、こんな感情は抱かなかった。20歳にして知る郷愁。これだけなら、「いやぁ、私も大人になったなあ」なんて、ワインでも飲みつつ悦に入れるのだが、思いのほか自分の郷愁は重傷だったようである。戻りたいという願望は、いつしかこんな執念に変わっていた。

 

 

何としてでも、小学生に戻ってやる。

 

 

最初にしたのはもちろんグーグル検索である。「一日小学生体験」のようなサービスがないかと考えたのだ。8千円までなら出すぜ!と期待を込めつつ、エンターキーを叩く。しかし、グーグル先生の返答はNOであった。そんなサービスを提供している会社は一つもなかったのだ。

 

一瞬落ち込みこそしたが、そんなことでくじけるほどヤワな願望ではない。団地ともおに裏打ちされた確かな執念は、新たな選択肢を私に与えることになる。

 

 

ないなら、自分で作ればいい。

 

 

簡単なことだ。ないなら作ってしまえばいい。そこからの私は、敏腕起業家さながらであった。詳細な「大学生のための小学生体験」の計画を、紙面に繰り出し始めたのである。一日のスケジュールに始まり、スタッフ、給食まで。我ながら、スティーブジョブズでも憑いてるんじゃないかと錯覚しそうな勢いであった。その詳細は以下である。

 

まず、当然だがランドセルを背負って登校する。ランドセルを捨ててしまったという参加者のためには、ボランティアで寄付してもらったランドセルを貸し出す。むさくるしい大学生集団が揃ってランドセルを背負う姿はさぞかしオカルトチックだろうが、そんなことを気には留めない。心は小学生なのだから、ランドセルを背負うのは至極当然である。

 

会場は、廃校になっている小学校を利用する。朝8時半集合で、もちろん1日のスタートは朝礼である。スタッフにはリタイアした元教師に参加してもらい、本物の小学生さながらの授業を受けられる。かつての教科書の登場人物との再会に、むせび泣く人続出の予定。

 

重要なのは給食である。小学生にとって、その日の給食というのは1日のウェイトの120%くらいを占めている。そこで、給食メニューを提供している飲食店と提携することで、懐かしいあの味を本格的に楽しめる仕組みを完成。さらに、「お昼の放送」も外せない。今の大学生が小学生の頃のヒット曲を流せば、盛り上がること請け合いだ。

 

小ネタで、公式サイトの名称はもちろん「学級だより」である。

 

 

ここまで書き上げるのに、10分もかからなかったと思う。我ながら、世紀の名案の誕生であると思った。誰かに言わずにはいられなくなり、長年の親友であるMに電話。

 

「あのさ、すごくくだらない話なんだけど、こんなことを思いついてさ…」

 

いいや、本当はくだらないとは思っていない。なにせMacintoshに並ぶ大発明だ。ジョブズが降りてるのだ。しかし何事も、謙虚が肝心。

 

「…で、小学生の1日を追体験できるサービスを作ろうと思って。計画はこんな感じでね、…」

 

「…でね、お昼の放送では『青春アミーゴ』とか、嵐の『Hapiness』とか流したら絶対盛り上がると思うんだよね。それで…」

 

あれ、おかしい。Mの声、これはもしや呆れ調子ではなかろうか?

 

「…で、公式サイトは『学級だより』って名前にするの。どう、いいと思わない!?」

 

だめだ。完全に笑われている。こいつ、笑ってやがる…!!まさかこの計画、すごくバカバカしいんだろうか…??

 

ついに通話は終わった。悶々を抱えた私だったが、なんと通話後、とどめの一打が突き刺さることとなる。

 

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目が覚めるのに時間はかからなかった。

 

こうしてジョブズの幻は、露と消えたのである。

春にまつわるエトセトラ

春はあけぼの、春眠暁を覚えず。4月も中旬に差し掛かり、こんな言葉も似合う季節になってきた。うちの大学のキャンパスにも、きっとキラキラの新入生が溢れていることだろう。留年のイエローカードが1.7枚くらい出ている私からすれば、彼らの輝きを目の当たりにするのはなかなか心をえぐられる。留学で新入生が視界に入らないのは、至極ラッキーである。

 

ところで、「春」という字が季節以外の意味を持つことはご存知だろう。そういった意味で、私の住む寮の部屋は、今年初頭から春爛漫である。3か月以上ほぼ毎日、夜11時くらいになると喘ぎ声が聞こえるという事態が続いているのだ。

 

私の住む寮には、一つの共用リビングと、5人のルームメートそれぞれの寝室の計6つのスペースがある。廊下に沿って3つずつ、向かい合わせに部屋が配置されている形だ。最初に事を始めたのは、私の隣の部屋に住む女の子である。それは1月初旬の夜だった。やけに規則正しい振動音がするなと思ったら、追ってエロティックなスイートボイスが聞こえてきたので、瞬時に事態を理解したという運びだ(それ以降今日まで、隣人は2日に1回くらいの割合で儀式を執り行っている)。

最初は部屋の位置と私のスルースキルの欠如のせいもあって、特にベッドの軋む音が煩わしく、悩まされたものだ。聞こえている旨を伝えるべく、振動音のリズムに合わせてギターを鳴らしてみたことも数度ある。しかし効果は現れず、結局私のコードチェンジがスムーズになっただけであった。

 

こういう空気は伝染するのだろうか。3月ごろになると、なんとはす向かいの部屋のルームメートまで頻繁に事を行うようになった。しかし、このころになると私も慣れたものである。むしろ部屋が隣接していない分、振動音の音量が段違いだ。事の始まりに応じてラジオのボリュームを上げる私の顔には、余裕の表情さえ満ちるようになった。

 

そうこうしているうちに、4月も半ばである。我が寮の春めきに、ダブリンの空気もようやく追いついてきたようだ。最初の夜から3か月以上の時を経て、今や私のスルースキルも輝かしいものになっている。事後、帰り際の男と鉢合わせしても華麗に笑顔を向け、たまの音がしない日にはカップルたちの仲を案じて少し心を曇らせる、そんな境地に達することができた。人間鍛錬を重ねれば、多少のことには乱されない心を持つことができる。実はこの気づきこそ、私が留学で得た一番の成果なのかもしれない。

CD派のボヤキ

音楽を買うなら、断然CD派だ。ジャケットや歌詞カードなんかも、作品の一部ではないだろうか?スピッツの「フェイクファー」なんて、あの乳白色のケースが雰囲気を出すのに一役も二役も買っていると思う。そんなわけで、音源だけのダウンロードはどこか味気なく感じてしまう自分がいる。CDを買ってきて、ワクワクしながら慎重にビニールを開け、ステレオの前で歌詞カードを矯めつ眇めつ初聴する高揚感は、やっぱりCDならではだ。

 

私は、CDバブル真っ只中の96年生まれだ。ちなみに96年のシングル売り上げ1位はミスチル名もなき詩」で、230万枚売れたんだとか。アルバム1位はglobeで、こちらはなんと376万枚以上。数字を見ると、つくづくスゴイ時代だ。

 

とはいえ自分が小さい頃は、まだ多少カセットが幅を利かせていた気もする。昔うちにあった車のカーステではカセットが聞けた記憶があるし、実家の押入れを少し探れば、聞き覚えのある曲がテープに録られてたくさん眠っている(昔の曲を簡単に聴ける時代になっても、親があの大量のカセットを処分しないのは、やはり思い出によるのだろうかと思っている)。

 

話は戻るが、そんなCD時代生まれのせいもあるのかないのか、とにかく音楽はCDで買いたいと思う。ジャケットにはアーティストの個性が出ていて、見ていて楽しい。歌詞カードを隅々まで眺めるのもいい。結局スマホで聴くことが多くても、気に入った作品を手に取れる、部屋に並べておける、人に貸せるというのはやっぱりいい。特に人に簡単に貸せるというのは、軽いように見えて結構大きなメリットじゃないだろうか。90年代の音楽シーンが盛り上がっていたのは、CDが貸し借りできることで、共通の話題に上がったり人気が広がったりしたのが理由の一つではないかとひそかに思っている。

 

そうはいっても、最近の時代の趨勢は、CD派にちょっと冷たい。アルバムはともかく、シングルが配信のみになることは結構多い。スピッツ雪風がそうだったし、調べてみるとLUNA SEAミスチルB’zでもあるようだ。かなり最近のところでは、GLAYの今年のシングル「XYZ」もそう。この曲すごく聴きたいのに、今のところCDが出ていない。DLすればいいじゃん、と言われそうなものだが、やっぱり好きなアーティストの曲は手に取りたいのだ。それに、個人的にその場で代金を支払えないのもイヤである。私のようなだらしない人間には、カード払いは不向きなのだ。

 

もちろん、事情は理解しているつもりだ。配信のほうが低コストだし、スマホ全盛の今は、デバイス一つで完結する方がはかどるのだろう。技術が進歩する以上、淘汰されるものが出てくるのは致し方ない。

 

そんな淘汰される側かもしれない人間として、少し考えてみたことがある。CDを売らないのなら、代わりにアプリを販売したらどうだろうか?音源に加えて歌詞やクレジットが見られ、デザインなど含めて、そのアプリ一つで作品の世界観になっているようなイメージだ。これなら、実際のCDを売るより安そうだし、何よりCDのデザイン性がいくらか残せる。むしろ、紙のデザインとはまた違った楽しみ方もできるかもしれない。音源は、itunesなりLINE MUSICなりで聴けるように連携できるとよりいい。ITには全く明るくないので、こういうことが難しいのかもよくわからないが、個人的にはただの音源よりは、多少割高でもこちらを買いたいと思う。それでも、本当はCDで出してほしいと言いたいけれど…。

不器用思い出紀行

勉強が苦手、運動神経が悪い、引っ込み思案。学生生活で不利になる個人の特徴というのはいろいろあるが、私の場合最も深刻だったのは「不器用」というものであった。

 

中学時代の家庭科の授業で、パジャマを作ったことがある。私の中学では、3年次に海外へのホームステイつき修学旅行があった。それに持っていくためという名目だった気がするのだが、私はその類稀なる才能で、手の内からモダンアートを生成してしまったのである。足が出る部分は閉じており、ゴムを通すはずの部分はまるでメビウスの環、ボタンの部分はなぜかペラペラ。「実用からの幽体離脱」とでもタイトルをつけておけば、ダリの作品の隣に並べても見劣りしなかっただろう。もしホームステイ先でこれを着ていたならば、ホストファミリーは日本人のアートリテラシーの高さに舌を巻いたに違いない。惜しいことをしたものだ。

 

残念なことに、当時の家庭科の先生が私の作品を評価してくれることはなかった。これは仕方がない、時代の先端を行く者は理解されないのが常である。成績で3がついたのは、ほぼ奇跡であった。

 

理科の授業でも、自分の不器用にひどく辟易した。夏休みの宿題で、何かの結晶を作るというのが出た年があった(確か、ミョウバンとかそんなものだったように思う)。まずもとになる小さな結晶を作った後、容器の上に置いた割り箸からひもを下げて、そこにその結晶をくくりつけてさらに大きくする、というようなものだった記憶がある。説明によれば、それでキレイな形の大きな結晶が得られるとのことらしかった。

 

浮足立つ雰囲気の夏休み明け。教室に現れた私が持参したのは、ザラメであった。いや、正確に言えば、ザラメほどの大きさしかない、不格好な結晶だったのである。ただでさえ器用な子の多い女子校で、数センチはありそうな美しい結晶が次々と提出される中、我が作品がクラス中の温かい失笑を集めたことは言うまでもない。

 

不器用にまつわる思い出はまだまだある。自分だけ朝顔の芽が出ない、育てたイモが自分だけハーフサイズ、リコーダーで追々試(その後サックスを始めたときは、穴が閉じているか気にしなくてもいいことに非常に感動を覚えた)などなど。現在進行形で困っているのは、料理だ。味は普通の範疇なのだが、どうしても可憐な女子大生が作ったとは思えない、いかついビジュアルになってしまうのだ。インスタグラムに #男の料理 とか #小学生男子の料理 とか書いて投稿しても、疑う人は一人もいないだろう。

 

ちなみに、私の父方の家は工務店、母方は元洋裁店である。継がなくてよい立場に生まれたことに、心の底から感謝したい。

私の朝活

ラジオが好きだ。大学受験生のころから時々聴くようになったのだが、テレビのない留学先の寮に来てからというもの、部屋にいる時間はほとんど何らかのラジオをつけっぱなしにしている。もちろん、好きな番組を聴いたりニュースを集めたり、はたまたぼっちを紛らわしたりといった目的もあるのだが、こちらに来てからは、図らずももう一つの目的が加わってしまった。

 

若さしか取り柄がない!というエントリーで、自分の短所を淡々と披露したのだが、その中で自分には遅刻癖があると書いた。私の遅刻癖には、宵っ張りの朝寝坊体質が大きく関わっている。全世界人口の上位3%には入りそうなエクストリーム夜型で、深夜はそれはもうコウモリが憑依したかのような活動ぶりである。たぶん前世はコウモリの首長として、民家の軒先で我が物顔でフンを撒き散らしていたに違いない。

 

さて、夜型の生活を続けていると、どうしても日を浴びる時間が短くなる。肌は青白く、目は充血し、歯や髪は抜け去り、やがて骨と皮だけになるなどという悲劇は今のところ起きていないが、それでも日光や朝の空気はどこか恋しい。ただでさえ陰鬱なヨーロッパの冬なのに、インドア派で超夜型という条件が整えば、それはもはや自分の存在自体が太陽を隠しているみたいなものなのだ。もうセルフ雨雲だ。

 

そんな冬を過ごしつつ、いつものように夜にラジオを聴いていた折のことである。

 

時代は便利になったもので、PCがあれば海外にいながら日本のラジオを聴くことができる。私のいる場所と日本は9時間の時差があり、つまり日本のラジオを深夜に聴くと、朝の番組を放送していることになる。それまでは朝番組は流し聞きしているだけだったのだが、その時ふと耳に残る情報があった。鉄道や道路の交通情報である。

 

考えてみれば、交通情報というのは朝の番組以外で聞いた覚えがあまりない。恐らく通勤通学の時間に合わせているのだろう。そう考えてみると、交通情報が間に入る朝のラジオというのは、なんと朝らしさにあふれていることか。それに気が付いたとたん、この時間のラジオ番組というのが、明るい朝の光に包まれた、爽やかな音声に感じられてきたのである。というかその時の私は、もはや光のみならず、冬晴れの日の午前の空気、目覚めたての自然の呼吸、道を漂う焼き立てのパンの香りまで鮮明に感じていた。

 

私は気が付いてしまった。日本の朝のラジオを聞いていれば、夜型でも朝の気分を味わえてしまうことに。ルームメイトが友達を連れ込んで、リビングで夜1時まで大騒ぎしても気にならない。なぜなら私の部屋だけは、朝の光が満ち溢れているからだ。ルームメイトたちがその後一切皿を片づけなくてもなんのその。私は朝の青空に洗われた空気の中で、華麗に洗い物をするだけだ。こうして存分に朝の気分を味わった後、午前4時ごろにようやく、長い眠りに落ちてゆく。そこから12時過ぎまで、目が覚めることはない。

 

最近の自分の一日は、もっぱら「朝活」によって締めくくられるようになっている。

涙ぐましきカラオケ道

留学していて辛いこと。私にとって、それは言葉が通じないことでも友達ができないことでもない。カラオケがないことである。

 

私は一人カラオケが大好きだ。日本にいたころは、授業の合間、休日、旅先、あらゆる余暇でヒトカラに行っていた。ヘタクソさを気にする必要もないし、どんなにマニアックな選曲でもいい。採点で自己満足に浸ってもよいし、覚えたての歌を何度も入れて覚えるのも楽しい。好きなアーティストの曲を「あ」から順に全部歌って、一晩をつぶしたこともあった。家の近くのカラオケ屋と、大学の最寄りのカラオケ屋にはかなり貢いできた自負がある。なにせ、多い時では週に4回くらいカラオケに行っていたのだから。

 

そんな人間がカラオケ未開の地に降り立ったのが、昨年の8月である。自分のカラオケ依存が想像以上であったことを、その時私は悟った。自分の中のジャイアンを解き放つ場所がないことは、予想していた以上に辛いことだったのだ。

 

しかし、カラオケがないからといって涙にくれてばかりはいられない。それなら、家で歌えばよいのだ。そう考えた私は、寮の自室でYoutube音源と一緒に歌うことを始めた。最初はそれなりに楽しかった。思えば、歌手の声が入っていると自分もうまくなったように錯覚できるのだ。部屋で歌う私は草野マサムネであり、吉田美和であり、甲本ヒロトだった。パソコンにうっすらと映るスッピンの妖怪が多少気になるのを除けば、自己陶酔に浸るのに難はなかったのである。

 

しかし、幸福な日々は長くは続かなかった。

 

歌いながら〇鳳で麻雀を打つ、いつも通りの夜だった。何半荘かを終えて、一息入れようと立ち上がる。そこでふと気が付いた。部屋のドアに近づくと、外から声が聞こえるのである。よく聞いてみると、今まで気が付かなかったがリビングでパーティーでもやっているようだ。そこそこ盛り上がっていて、笑い声やらがなる声やら賑やかだ。そこからそのことを悟るまで、多くの時間はかからなかった。

 

 

私の歌声が、リビングに聞こえていないとは言い切れないのではないか?

 

 

世の中には知らないほうがいいことが数多あるが、この事実がそうだったのかはわからない。それでも、私が受けたダメージは大きかった。

 

普通に歌っているだけならまだ傷は浅かった。しかし、カラオケの命ともいえる選曲で、私は大打撃を被ることとなる。今何かと話題のChage and ASKA、しかもChageのパートを習得しようと四苦八苦だったのだ。

 

チャゲアスといえば、拳をブンブン振り上げたくなる「YAH YAH YAH」が外せない。あのテンションはもはや不可抗力で、声を張り上げないほうが難しいのだ。他にも、「なぜに君は帰らない」「太陽と埃の中で」など、チャゲアスの曲はついつい大声で歌わずにいられないものが多い。

 


[MV] YAH YAH YAH / CHAGE and ASKA

 

しかも、さらに問題なのがChageパートだったことである。彼のパートは、基本的にとんでもなく音が高い。しかもメインの上でハモっていることが多く、凡人には結構な難易度なのだ。それを見よう見まねで真似ていた私の歌声と言ったら、それはもう惨憺たる大音量電波なのである。そんなものを漏らしていたと気づいたときの衝撃は、声帯が吹っ飛びそうになったほどであった。

 

そこからの私の工夫は、涙ぐましかった。

 

まず、リビングに人がいそうなときには歌わないことから始めた。もちろん自分の部屋からリビングの様子を直接見ることはできないが、他の部屋のドアが開く音がしたら、とりあえず我が美声は封印である。

 

さらに、念には念を入れる。自分の部屋でルームメイトの部屋からの音が気になったことはなかったが、万が一ルームメイトの自室にまで音が響いている可能性を考慮し、なるべく彼らが不快感を催さない工夫をすることにしたのだ。

 

どうせ聞こえるなら、素人の音痴よりプロの名演のほうがましだろう。そう考えた私は、まず歌うときにかける音源の音量を少し大きめにするようにした。これなら、万が一音が聞こえていても私の悪声はかき消されるはずだ。彼らの耳には、プロの歌手の麗しい歌声だけが届くことになる。

 

さらに、防音にも奔走した。まず、戸締りを徹底。気休めに鍵まできっちりかけ、ドアから一番離れた位置に陣取る。極めつけに、口元にはクッションをみっちりと当てる。正直かなり苦しいが、歌えない辛さに比べたら胃痛ぐらいのものである。帰国するころには、黒いロングコートをはためかせてドヤ顔でChageパートを歌えるようになっていることだろう。

 

それにしても、カラオケは海外ではあまり流行らないのだろうか。うまくやれば、結構根付きそうにも思えるのになあ~。